※本記事は、米国における訴訟および法令について、公開情報をもとに筆者の解釈および私見を記載したものです。法的助言を目的とするものではありません。本記事の記載をもとに判断することなく、訴訟の詳細および米国法令については原文をご確認ください。
2026年6月11日、米連邦最高裁判所が原告の主張を退けた訴訟がありました。筆者はファンドガバナンスと株式議決権平等のバランスの観点から注視していました。
米連邦最高裁判所の判決と実務上の論点を整理します。
訴訟関係者等
原告:Saba Capital Master Fund(Boaz Weinstein氏が率いるヘッジファンド)、以下Saba
被告:複数のクローズド・エンド型投資会社
被告となった投資会社は、メリーランド州法に基づいて設立されています。そして、メリーランド州Control Share Acquisition Act(MCSAA)の適用を受けるためのControl Share決議を採択していました。
Control Share決議のポイントを簡略化すると、投資会社の議決権10%以上を取得した株主は、所定の承認がない限り、その超過分の議決権を行使できないというものです。
なぜ大口株主の議決権を制限するのか
被告側はアクティビスト投資家の抑制が目的と説明しています。この背景には、クローズド・エンド型ファンド特有の構造があります。
クローズド・エンド型ファンドの株主は、原則としてファンドに対して保有株式の買取を請求できません。持分の換金は市場で行う必要があり、需給で決まるため必ずしも資産価値(NAV)と一致しません。運用成績が振るわない、流動性が低い、より低コストな類似ファンドがあるといった理由で売り圧力がかかると、株価がNAVより恒常的に安い水準で売買されることがあります。
ここにアクティビスト投資家にとっての投資機会が生まれます。
- ディスカウント状態の投資会社株式を市場で大量に買い集める
- 投資会社の取締役会に対して、オープン・エンド型への転換、大規模な自社株買い、ファンドの清算など株価をNAVに近づける施策を要求する
- 要求が通り価格が上がれば、買値と時価の差額を利益として回収する
この戦略を進めるうえで、大口保有に伴う議決権は重要な手段となります。そこで投資会社の取締役会側は、大口株主の議決権を10%などでキャップする防衛策を講じ、アクティビスト投資家が十分な議決権を行使できないようにしていました。
Sabaの主張
Sabaは、議決権の制限条項が1940年投資会社法(連邦法)第18条(i)の株式の議決権の平等原則「投資会社が発行するすべての株式は議決権株式であり、他の発行済議決権株式と平等な議決権を持たなければならない」に反すると主張しました。
every share of stock issued by [a registered] company shall be a voting stock and have equal voting rights with every other outstanding voting stock
さらに同法第47条(b)1は「この法律に違反する形で締結・履行された契約は当事者のいずれによっても強制執行できない(unenforceable)」と定めています。
(b)(1) A contract that is made, or whose performance involves,a violation of this title, or of any rule, regulation, or order thereunder, is unenforceable by either party (…)unless a court finds that under the circumstances enforcement would produce a more equitable result than nonenforcement and would not be inconsistent with the purposes of this title.
続く第47条(b)(2)は、既に履行された契約について、次のように定めています。
a court may not deny rescission at the instance of any party unless such court finds that under the circumstances the denial of rescission would produce a more equitable result than its grant and would not be inconsistent with the purposes of this subchapter.
一定の場合を除き、裁判所は「いずれの当事者からの請求であっても」契約の取消しを否認してはならない、という規定です。
Sabaは、この「いずれの当事者からの請求(at the instance of any party)」という文言などを根拠に、第47条(b)は株主自身が契約の取消しを求めて提訴する黙示の私訴権1を認めていると主張しました。
連邦最高裁判所の判断
2026年6月11日、最高裁は次のように判示しました。
条文の文言・構造からは、私人に訴訟提起権を与える意図は読み取れない。第47条(b)1は1940年投資会社法に違反する契約の強制執行可能性について定めた規定であって、私人に訴訟提起権を付与した規定ではない。そして、続く(b)2「いずれの当事者からの請求であっても取消を否認してはならない」の主語は裁判所(A court)である。既に適法に係属した訴訟において2、裁判所はいずれの当事者からの請求であっても取消を否認してはならないと定めているのである。
最高裁は、Control Share条項そのものの適法性(第18条(i)違反の有無)には踏み込まず、「私人が第47条(b)を根拠に提訴できるか」という手続き上の入口だけを閉じた、という点が重要です。
判決後の反応
SabaのBoaz Weinstein氏(同社の創業者)は、判決後に次のように述べています。
The Court did not rule that these closed-end fund managers followed the law. The Court ruled only that shareholders cannot sue fund managers for their illegal actions under one particular provision of the ’40 Act. All today’s opinion changes is that future legal challenges against entrenched fund managers will come in other forms. Saba will pursue every avenue available to defend shareholders’ rights — including lawsuits under other provisions of the ’40 Act and under state law.
連邦最高裁判所はControl Share決議が第18条(i)に違反するかについて判断していません。Sabaは1940年投資会社法の他の条文や州法を含め、別の法的手段を追求する考えを示しています。
一方で米国ICI(アセットマネジメント会社等の業界団体、当訴訟では投資会社側のためにAmicus Briefを提出)は今回の判決を投資家にとっての勝利と評価しています3。声明の中で、Sabaによる訴訟は、短期的な利益を求めるアクティビストから長期投資家を守るために採用した防衛策を攻撃するものだったと断じています。
Activist hedge fund Saba Capital had invoked Section 47(b) to attack defenses that closed-end funds adopted to protect shareholders from campaigns seeking a quick payout at the expense of long-term investors.
日本の実務への示唆
日本の公募ファンドの多くは信託型であり、受益者が取締役の選解任などを通じてファンドの支配権を争う構造にはなっていません。そのため、今回と同じ紛争がそのまま日本で生じる可能性は高くありません。
ただし、投資家によるガバナンスへの関与を重視する目的で上場する会社型ファンドが広がれば、国内の投資運用会社も大口投資主の議決権行使と株主平等原則との緊張関係に直面する可能性があります。原告のSabaも被告の投資会社も「株主の権利保護」を掲げていました。ただし、Sabaは株主の議決権に一方的に制限をかけるのは議決権の平等に反すると主張し、被告側はかかる制限は短期的な利益を狙う大口アクティビストから他の投資家を守る防衛策だと主張しました。
大口株主による短期的な支配から長期投資家を守ることは、ファンドガバナンスの1つの考え方です。一方、そのために大口株主の議決権を制限すれば、既存の取締役会や運用体制を守ることにもなります。ガバナンスを強化する制度が、別の側面ではガバナンスを弱める可能性がある。この緊張関係が、筆者がこの訴訟に関心を持った理由です。
- 2種類の私訴権
明示の私訴権(express private right of action):条文に「私人はこの規定に基づき訴訟を提起できる」と明記されているもの。
黙示の私訴権(implied private right of action):条文にはそう書かれていないが、法律の目的や構造から見て「立法者はこの権利を私人に認めるつもりだったはずだ」と裁判所が”読み込む”もの。 ↩︎ - 当訴訟では、第47条(b)を根拠とする黙示の私訴権は否定された。 ↩︎
- https://www.ici.org/ici-viewpoints/a-supreme-court-win-for-fund-investors-and-the-work-that-remains ↩︎

