QI,FATCA,CRSの特徴

実務上のポイント

いずれの制度も導入から少なくとも10年が経ち、アセットマネジメント業界のコンプライアンスではすでにおなじみになっています。

もう知っているという方が大多数かと思いますが、制度開始時点では「制度趣旨」「制度導入背景」「業務上のポイント」「要注意-制度違反例」が組織知として共有される反面、時間が経つとどうしても人の異動で知識が失われがちです。また、制度自体の改正もありますが、顧問弁護士法人(またはコンサルティング法人)任せにしてしまったり、キャッチアップできていない場合もあるかもしれません。

今更感はありますが、QI,FATCA,CRSの制度概要とポイントを記載します。

QI制度

【制度概要】
2001年から開始された米国の制度です。日本を含む外国金融機関(ここでいう外国とは非米国。日本のアセマネ会社は該当)が制度対象となります。厳密には、米国の内国歳入庁(Internal Revenue Service=税金をつかさどる連邦政府機関、以下IRS)と適格仲介人契約(Qualified Intermediary 契約、以下QI契約)を交わした外国金融機関が適用対象です。QI契約は契約なので、締結/非締結の選択権は外国金融機関にもあるのですが、契約しない場合の懲罰課税が後述のとおり極めて重いため、IRSとのQI契約は事実上強制です。

【契約上の主たる義務】
外国金融機関はその顧客が収受する、米国由来所得を正しく源泉徴収。源泉徴収額を顧客に代わってIRSに納税し、源泉徴収額が正確であることを保証。

【ポイント】
顧客には、個人も法人もファンドも含まれます。ファンドの直販を行っていない投資運用会社では顧客口座が存在しないと思いがちですが、投資信託を運用していればQI契約上は顧客に該当します。投資信託が「米国株ファンド」で米株に投資していれば、ファンドが収受する配当・売買益等に関して源泉徴収を正確に行い、IRSに報告します。
 計理業務は信託銀行(再受託信託含む)で行っているので、IRS報告に際しては信託銀行と共働します。

【制度が始まった理由】
①IRSが脱税阻止のために規制を強化したため
②規制強化で生じる事務負担は外国金融機関に転嫁したため

①について
米国に限らずどの国でも租税には本則と例外があります。例外とは国内向けの軽減税率だったり、租税条約締結国に対する減税/免税規定だったりします。
2001年のQI制度開始前、米国由来所得の源泉徴収額は、単純に受取人の住所に基づいていました。「源泉徴収義務者(金融機関)は、受取人(金融機関の顧客)が非居住者でないことを知らない限り、米国と当該居住者の住所が所在する国との間の租税条約に基づいて米国由来所得の源泉徴収を行い、IRSに納税する」というものでした。
 日本の金融機関を仮にA証券会社とすると、A証券会社は顧客が日本の非居住者でないと知らない限り、日本と米国の租税条約に基づいて源泉徴収額計算を行い、IRSに納税するとなります。

 しばらくこの制度は機能していたのですが、国境を越えた取引の活発化により脱税を企図したような納税者の行動も散見されるようになりました。具体的には、米国との軽減租税条約が適用される国に本当は住んでいないのに居住者であるかのように偽ったり、米国法人等が税負担を減らすため、非米国法人を偽って、軽減租税条約締結国所在の法人とIRSに申告したケースがあります。(軽減租税条約は対象国の居住者に恩典を与えて投資などを引き出すためのものであり、自国民に脱税させるためにあるのではありません)
→引き締めが必要だと、租税を司るIRSは考えました。

②について
とはいえ、1人・1法人づつIRSが税務上の居住地を確認する(本当に米国と租税条約を締結する国に居住しているか確認する)のは現実的ではありません。
そこで、顧客との接点がある金融機関にこの業務を行わせることとしました。
<外国金融機関はその顧客が収受する、米国由来所得を正しく源泉徴収 には顧客の真の居住国の確認も当然に含まれます。税務上の居住国を確認することなく、正しい源泉徴収はできないからです

そして、この制度に協力しない=QI契約を締結しない金融機関に対しては、米国由来所得に対して一律で本則の源泉税率が支払い時点で適用されます。
日本と米国の間には租税条約があります。米国株式からの配当は10%が米国の税金として課税されます。もしA証券会社がQI契約を結んでいないと、米国株式からの配当への課税率は30%になります。QI契約を締結していない証券会社を通じて米国株式投資すると米国分だけで税率が3倍に増えます。こんな証券会社は顧客に選ばれませんので、QI契約の締結は事実上義務です。

なお、ご参考ですが、マネックス証券では米国納税義務者には米国の金融商品への投資を一部制限しています1。米国の金融商品から生じる収益は米国由来所得ですが、米国-日本間の租税条約が適用されない者については、税計算が複雑になるからと思われます。

FATCA

【制度概要】
2014年から開始された米国の制度です。日本を含む外国金融機関(QI同様、外国とは非米国。日本のアセマネ会社は該当)が制度対象となります。厳密には、IRSと外国金融機関契約(Foreign Financial Institution契約、以下FFI契約)を交わした外国金融機関が適用対象です。FFI契約も契約なので、締結/非締結の選択権は外国金融機関にもあるのですが、金融庁が契約締結を求めていることから事実上の強制です。

【契約上の主たる義務】
外国金融機関は顧客口座の中から1.米国人が保有する口座 2.FATCA不参加金融機関の口座を洗い出し、残高と支払われた収益情報等をIRSに報告。

【ポイント】
顧客には個人も法人も含まれます。また米国人の定義は「米国籍を保有する」よりも広く、米国人が最終受益者であることや、米国の居住者であることも含みます。
そして、FATCAでは日本の証券投資信託も「金融機関」扱いされています(スポンサー付FFI)。もっとも、証券投資信託自身は意思決定ができませんので、運用会社(スポンサーFFI)が証券投資信託に代わってIRS登録などを行います。もし、証券投資信託の登録をしないと、その証券投資信託は未契約スポンサー付FFIになりますので、米国由来の配当は米国分で30%の源泉徴収が行われてしまいます。恐ろしくファンドの収益性を下げますので、FFI契約は事実上義務です。ファンドが日本籍であること=米国人ではないことの証明として、信託約款の保管を実務上は行います2

ちなみに、IRSの報告対象にFATCA不参加FFIの口座が含まれているのは、脱税の温床になりそうな金融機関をIRSが幅広に把握するためです。

【制度が始まった理由】
米国人の脱税阻止
QI制度のもと、米国由来の所得にIRSは網をかけていたのですが、2008年にある金融機関が米国人の脱税を組織的に支援していた事実が明らかになりました。米国人である顧客を米国人ではないと偽って、租税条約の恩典を受けさせていた事件です。

IRSは自国民である米国人の所得を正確に捕捉するためにFATCAの制度を始めました。日本の金融機関は2014年7月1日から適用開始になっています。

そして、QI制度同様に、FATCAに不参加=FFI契約を締結しない金融機関に対しては、米国由来所得に対して一律で本則の源泉税率が適用されます(米国株式からの配当所得は30%)。よって、FFI契約もまた締結が事実上の義務です。

CRS

【制度概要】
OECD加盟国・地域の政府間協定。日本の金融機関は、顧客のうち居住地が日本以外かつCRS報告対象国3の口座データを国税庁に報告。
CRSはCommon Reporting Standardの略。その名のとおり、報告基準が定められている。

【法令上の主たる義務】
同上。こちらはQI制度、FATCAとは異なり、法律に基づく義務。報告基準・報告内容は「租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律」で定義されている(第10条の6など)。

【ポイント】
口座残高が少額の場合の報告不要基準はあるものの、原則として顧客のうち日本非居住かつ参照先3の報告対象国・地域の顧客の口座データを毎年4月30日までに国税庁(実務上は税務署)に報告。CRSにおける顧客にはファンドは含まれず、管理口座のうち個人・法人が対象となる。

【制度が始まった理由】
非居住者ステータスの悪用による脱税の阻止
例えば、CRS報告対象国であるスイスに住む日本人が、日本の税務当局には「私はスイスに住んでいます。納税はスイスで行っています」と説明する一方、スイスの税務当局には「私は日本国籍を有しており、納税は日本で行っています」と説明して結局納税していないケースがありえます。そこで、スイスの税務当局は日本の税務当局に、「スイス連邦内に日本国籍者が居住しており、保有資産額は○○になります」と情報提供します。その逆もしかりで、日本の税務当局は国内の金融機関が把握した日本非居住者のデータを非居住者が居住する外国の税務当局に情報提供します。

まとめ

3制度は類似していますが、少しづつ制度目的は異なります。国境を越えた取引はこれら制度の開始時よりも増えており、今後も増え続けていくでしょう。金融商品の種類・収益追求手法が発展していくにつれて、その収益の認識方法・課税方法も複雑化が予想されます。
 徴税権は主権国家の中核を成すものであり、脱税はその冒涜とみなされます。税率に高低はあれど、徴税権を放棄して納税者に一切を委ねる国はありません。脱税を主体的に犯すことはもちろん、脱税ほう助や顧客の脱税を見落としてしまった場合に金融機関に課される罰則は厳しいです。本日執筆した内容では、米ドル決済網から追い出されてしまうことと米国の主権が及ぶ範囲での資産凍結が非常に厳しいペナルティーだと思っています。基軸通貨国である米国が行う経済制裁のインパクトは他国の経済制裁よりも大きいです。

コンプライアンスには会社を守る目的があります。諸法令は、制度趣旨、導入背景まで理解し人に説明できるくらい詳しくなり、日常での業務対応に当たりたいと思います。

  1. https://info.monex.co.jp/stock/rule-uscitizen.html ↩︎
  2. 日本の証券投資信託は多くの場合、約款は第1条で「この信託は、証券投資信託であり、○○株式会社を委託者とし、XX信託銀行株式会社を受託者とします。
    ②この信託は、信託法(平成18年法律第108号)(以下「信託法」といいます。)の適用を受けます。」と記載し、根拠法が日本の法律である旨を明示しています ↩︎
  3. https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/kokusai/crs/pdf/crs_country.pdf ↩︎
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