6月14日に金融庁が公表した「金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針の一部改正(案)に対するパブリックコメントの結果等」(以下、パブコメ)より、投資信託委託会社にとってのポイントを記載します。
https://www.fsa.go.jp/news/r5/shouken/20240614/20240614.html
速やかな対応事項
①マテリアリティポリシーの策定
マテリアリティポリシーの策定は義務か任意か尋ねたQ18(リンク先の別紙1参照)への回答で「基準価額の計算過誤等を認識した場合に対応すべき事項については定める必要があると考えられます。」とあります。加えて、「計算過誤等の重大性の判断に関し、具体的な閾値を設けないとの選択肢も考えられなくはありませんが、その場合には、恣意的な業務運営を排除する観点から、計算過誤等が発生した場合は全て適切に過誤等を訂正するなどの措置を講じる必要があると考えられます。」とあります。
投資信託委託会社に任務懈怠があれば現行法のとおり、投資信託委託会社にはその損害賠償責任があります。今回は、投資信託委託会社に任務懈怠が無い前提で、基準価額の過誤が一定の閾値以内だった際に帳簿書類上の「過去の」基準価額を訂正する必要はないとされたものです。
☑基準価額の誤りに気付いた日以降は当然に要修正
☑投資信託協会の取りまとめに即した閾値(50bp)が事実上の目途
基準価額の算出過誤の経過日数に応じて、訂正すべき法定帳簿の数も累積していきます。ファンドの帳簿書類を是正するためのコストを投資家全体で負担する事態を防ぐため、投資信託委託会社に任務懈怠が無い前提で、一定の閾値以内の計算過誤は帳簿を過去に遡って訂正する必要はないというのが趣旨です。
基準価額の過誤は起きないのが一番です。でも、万一起きてしまった際の対応を事前に文書化して定めておくのは、他者のお金を運用し損益をその他者に帰属させる運用会社の義務だと思います。なお、「過誤等が一定の閾値を超えない場合については、対応方針がなくても良いか?」と直球で尋ねたQ6は正面から否定されています。
②マテリアリティポリシーの公表
ややもすれば投資家保護に対し後退の印象を与えるマテリアリティポリシーです。委託会社による恣意的な適用を防ぐため、マテリアリティポリシーはウェブサイトへの掲載等を通じて開示が必要です1。
掲載「等」が気になるところですが、運用会社の事務所に備えおいて縦覧に供したり、サービスの一環として、求められたらメールで送る等が考えられます。この場合も常時ホームページで公開している方が情報の開示レベルとしては高いので、「開示等とされているから、備え置くだけにする。来訪があったら見せる」のは通じないのでやめておきたいです。
どの運用会社様でも、こういった新ルール対応は現場に作業が下りてきます。改正後の監督指針ではマテリアリティポリシーの策定・運用にあたっては「経営陣の関与の下、その考え方を決定し、運用しているか。」とされていますので、今回は余計に制定に手間がかかりそうです。パブコメに付された監督指針(案)の時に、筆者が最初に感じたのはマテリアリティポリシーは取締役会の所管にすべきか?でした。筆者は以前、日系の運用会社で仕事をしました。ハイレベルな会議に通すには、その前段階の会議、関係者への連絡と意見聴取、たたき台の作成をどの部署がするのか決める会議のための準備会議・・・と長く面倒なプロセスを要しました。Q17への回答で「必ずしも取締役会での決議や報告まで求められるものではなく」とされているので、少しハードルは下がりました。しかし、同業他社の動向や記載の深度は経営者が良くも悪くも気にします。ウェブページに公表された他社の内容とあまりに乖離していると、策定後すぐに改定があるかもしれません。
長く取り組んでいく事項
①基準価額の算出に係る妥当性の確認
Q1-3への回答は2つの事項を言っています。1つ目は5-8行目に記載の基準価額の妥当性を日々検証する上での着眼点です。データソースとした値の検証、基準価額を変動させる要因の有無(上昇させる要因があったのに低い、上昇させる要因が無かったのに高い、下落させる要因があったのに高い、下落させる要因が無かったのに低い、要因が無いのに変動した、要因があったのに変動しない)、参照指数と異なった動きをしているケースを拾ってくださいという意味です。
2つ目は基準価額算出主体の体制整備状況からの妥当性検証です。信託銀行に1社計算で委託するなら彼らの体制をモニタリング(私見では契約の前及び以後年1回の頻度)しなければなりませんし、現行の体制で進めるならモニタリングシートの設問は自身への問いになります。検証の証跡は保存が求められおり、検査が来た際には検査官にお目通しすることとなります。
「基準価額の妥当性検証」はどの運用会社様でもずっと行ってきました。今般の監督指針改正で、基準価額算出主体の体制整備状況が着眼点に加えられており、モニタリング/ヒアリング対象が増加しています。
②基準価額算出過程の見直し
基準価額の算出過誤は起きる時は起きますが、「マテリアリティポリシーの導入を契機に頻発し始めた」と見られるのは当局が避けたい事象です。半年に一度くらいの頻度で、リスク管理委員会などに基準価額の管理体制の見直しの状況を報告し、議事録に残すのが良いと考えます。基準価額の算出エラーは「ゼロ件であった」旨も含めて毎回のリスク管理委員会に報告した方がよいです。
その他
かつて、「基準価額の算出相違が30bp未満であれば僅少とみなせる。よって、30bp未満は一律に運用会社の過誤ではない」と主張する人がいました。今回のパブコメで明確に、任務懈怠の判断は値ではないと回答されました2。そもそも投信法第21条が改正されていませんので、現行法に反した解釈が出てくるはずもありません。
投信協会の「投資信託の基準価額の受託者一者計算を行う際の考え方」でも50bp未満/以上に拘らず、「投資信託委託会社や受託銀行の故意又は重大な過失に起因する基準価額の過誤については、適切な措置を図る必要がある」と書いてあります3。
現行法がきっちりなぞられた形で監督指針が改正されたというのが筆者の見解です。