経緯と要点
金融庁が「顧客本位の業務運営に関する原則」を9月26日付で改定し、補足原則が5つ追加されました1。既存の原則は金融事業者による役務提供のあり方(手数料の明確化やわかりやすい情報提供)や金融事業者の体制のあり方(顧客本位の業務運営に関する方針の策定等や利益相反管理や報酬体系の整備)に指針を示していました。追加された補足原則は、顧客の最善の利益に沿った金融商品(以下、プロダクト)の提供等を確保するために、組成会社と販売会社双方に取り組みを求めています。
「組成会社」と記載されているのは、仕組債の組成が第一種金融商品取引業者または第一種金融商品取引業に相当する業務を外国で行う社によるためと推察します。しかし、筆者の見解では補足原則は投資信託の組成会社等と販売会社を対象にしています。特に公募の投資信託の組成会社です。
日本証券業協会と投資信託協会において、販売・組成間の情報連携シートのひな型作成が進んでいると聞いています。プロダクトの管理は一義的には商品戦略部署の業務分掌下ですが、補足原則では管理部門等や外部有識者などを挙げて、適正なプロダクト管理(以下、プロダクトガバナンス)のために担うべき役割を記述しています。筆者は補足原則を読んでみて「製販一体であり、いずれかの失策は双方の共同責任」と主張していると感じます。
次のパラグラフでは、投資信託の運用会社に課されると思う義務と、その要点について記載します。
補足原則が求める事項
各部署毎にまとめました。これまで行われており、今後も継続するであろう事項(パフォーマンス検証 補充原則3(注1))は下記からは除いています。注)当ブログ執筆時点における筆者の見解です。
部署 | 対応事項 | 対応の意義/対応しない場合に予想される非難 | 補充原則 |
経営者 | 商品提供に関する会社としての理念の策定 | 経営者は変わっていくものだが、企業の理念が経営者毎に代わるのは望ましくない。特に、中長期の投資を投資家に求めているならば | 1 |
経営者 | 社外取締役や外部専門家による評価を活用するか否かという経営判断 | 「必要な場合」という注釈付きで組成会社に委ねられているものの、社外の意見を取り入れるよう提言されている。社内で完結させる場合=補充原則1,2に沿わない場合には、社内で処理できることを証明すべきだし、complyしない理由も説明すべきと考える | 1,2 |
経営者 | プロダクトガバナンスの確保と見直し | 現場から上がってくる不都合な情報(商品への苦情など)に耳を傾け、過去の商品組成の妥当性、現在の商品提供に改善すべき点は無いか、不都合情報を今後の組成にどう生かすのか判断 | 1,2 |
経営者 | 販売会社との間で連携すべき情報について事前に取り決め | 販売会社の窓口となるのは営業員であるが、現場で決められる事項ではなく、会社の方針とすべき | 3(注3) |
経営者 | 販売会社の選定 | 「金融商品の販売に携わる金融事業者から情報提供を受けられない場合には、必要に応じて金融商品の販売方法の見直しも検討すべきである。」 | 4(注2) |
社外取締役や外部有識者 | 組成前から償還までのフローに改善すべき点が無いか精査 | 投資信託に関する知見が必要。社外取締役に関しては、取締役会の議事録に何らプロダクトガバナンスに関する提言が無いと、職務を全うしている証跡が無いこととなる。 社外有識者(おそらくコンサルティング会社を念頭においていると思われる)にとっては新たなビジネスチャンスか。 | 1,2 |
ファンド評価機関 | 同上 | ファンドへの賞の贈呈に加えて新たなビジネスチャンスか。 | 1,2 |
管理部門等 | 組成前から償還までのフローを検証 | 製販の情報連携により、今よりは販売現場の情報が運用会社に入ってくる。想定顧客属性と販売実態の乖離は放置してはならない | 1,2,3 |
管理部門等 | 顧客からの苦情の精査 | 顧客属性に関する情報連携だけで十分とは記載されていない。対販売会社の営業員は販売会社に苦情の提供を求めないので、「管理部門の要請により」という後押しが必要と思慮 | 4(注2) |
商品組成部署 | 組成する金融商品が中長期的に持続可能な商品であるかを検証 | 運用開始後に損益分岐点を割るAUMに留まると、商品組成前の検討について詰められかねない(販売会社と運用会社のいずれの発案なのか、どの部署が主導したのか、誰が賛同したのかなど) | 3(注1) |
商品組成部署 | 商品を購入すべきでない顧客の特定 | 補充原則では特定の例として「元本毀損のおそれのある商品について、元本確保を目的としている顧客等」を挙げている。しかし、投資信託はリスク性商品であり、この水準の”特定”で「十分」となるとは思えない。 | 3(注2) |
経営者、商品組成部署 | 金融商品の改善、他の金融商品との併合、繰上償還等の検討 | 投資家がいるにも拘らず、補充原則は踏み込んできた印象。投資家に不便をかけろと言っているのではなく、商品組成は慎重にと伝えているのだと思う。 | 4(注1) |
経営者、商品組成部署、管理部門 | 販売会社から共有された情報を販売会社に還元 | 情報連携シートを巡る日本証券業協会と投資信託協会の会議では、販売会社側から情報提供する以上は有益なフィードバックがほしい旨が述べられたようです。理のある主張であり、有益なフィードバックをしないと、事務負荷がかかる取り組みへの協力は得られないです。 | 4(注2) |
サブアドビジネス部署と受託先 | 金融商品の組成に携わる金融事業者と金融商品の販売に携わる金融事業者の間で連携する情報については、必要に応じて外部委託先にも連携 | FoFで組入られる側のファンドを運用する社、ファンドの運用を委託される社もプロダクトガバナンスの当事者です。 エンドの投資家がリテールである以上、補充原則からは逃れられません。 受託者においては、委託元からくる照会文書に回答せねばならず、アクティブ運用をしている場合は運用チームの概要等についても開示圧力がかかると思います。 | 4(注3),5(注1) |
アクティブ運用者 | 運用責任者や運用の責任を実質的に負う者について、本人の同意の下、氏名、業務実績、投資哲学等を情報提供し、又は運用チームの構成や業務実績等を情報提供 | 個人情報保護の留保はついているものの、少なくとも運用チームの概況は開示の方向に傾くと考えます | 5(注1) |
筆者の見解ですが、管理の手間を増やすことでプロダクトの無責任な組成に間接的に歯止めをかけるのだと思います。また、補充原則が追加された際のパブリックコメント14-16への回答では、審議会の報告書に触れつつ、金融事業者の取り組みの程度によっては、将来のルール化も排除しないとしています2。プロダクトはもちろんのこと、投資運用業界のあり方も曲がり角に差し掛かったと感じます。
資産運用立国の大きなパーツである投資運用業者が過去の良くないビジネスモデルを脱却できるか問われています。